Project Story

KABUTO ONE

日本橋兜町・茅場町の
新たなランドマークとして
地域の方々の思いを形に

構想から約10年。2021年に開業したKABUTO ONEはオフィスだけでなくホール&カンファレンス、ライブラリー・ラウンジ、レストランといった施設を備え、様々な人が集まる兜町のランドマークとなった。現在は異なる部署にいる3人が当時のプロジェクトを振り返った。

SPEAKER

  • 地域共創部※
    疋田 哲也
    Hikida Tetsuya
    1995年入社 商学部 卒
    ※KABUTO ONE
    プロジェクト時は、
    開発推進部
  • ビルディング事業部※
    伊勢谷 俊光
    Iseya Toshimitsu
    2007年入社 理工学研究科建築学専攻 修了
    ※KABUTO ONE
    プロジェクト時は、
    開発推進部
  • ビルディング事業部※
    澤永 尚統
    Sawae Hisanori
    2010年入社 工学部 卒
    ※KABUTO ONE
    プロジェクト時は、
    開発推進部

KABUTO ONE

2021年開業。1階アトリウムには世界最大規模のキューブ型大型 LED ディスプレイ「The HEART」を整備し、世界三大デザイン賞の一つである「Red Dot Design Award 2022」を始めとする5つの賞を受賞。低層階には、投資家と企業の対話交流拠点となるカンファレンス「KABUTO ONE HALL&CONFERENCE」、ライブラリー・ラウンジ「Book Lounge Kable」、飲食店舗「KABEAT」「KNAG」等を導入し、様々な方が利用する交流拠点となっている。

平和不動産にできるのか
何度も言われた苦い記憶

日本橋兜町の歴史は古い。渋沢栄一が日本初の銀行・第一国立銀行を興した明治期を経て、戦後、証券取引所を中心とした金融街として栄えた。かつてこの地には証券取引所の立会場があり、毎日2,000人を超える人々が集まり取引が行われていた。しかし、1999年、株券の電子化やインターネット取引によって立会場が閉鎖されると街の様相は一変する――。

「形になったことが全てです。」こう振り返るのはこのプロジェクトの全体管理を任された疋田哲也だ。地域の方々と対話を重ねていく中で当然「以前の賑わいを取り戻したい」という声は上がっていた。この街に軸足を置く会社として街全体のプロデュースをしていこうと立ち上がったのが2011年。「本当にビルが建つのか」「平和にできるのか」幾度も計画が上がっては立ち消え、半ば夢物語にも聞こえる計画にかけられた声は期待だけではなかった。

地域の課題解決のための開発

2014年初頭に関係地権者間で事業の大まかな方向性を定めた覚書を締結。同年当社は「兜町街づくりビジョン」を発表し、いよいよ「(仮称)日本橋兜町7地区開発計画」として本格的に動き出す。主に行政協議や設計、設備の調整を担当したのが伊勢谷俊光だ。山王祭では兜町・茅場町町会の一員として神輿を担ぎ、地域のイベントや祭りにも徹底して参加してきた。「地域の人と交わることで、地域特有の課題を吸い上げた。地域課題解決のための都市開発です。」伊勢谷はこう胸を張る。

「地域にとって何が課題か、それを再開発によって解決できることを行政(中央区)に示していく過程で容積率等の制限緩和等を獲得していきます。ロジックを組み立てる力だけでなく、収益性、実現性の観点からも行政と協議を重ね信頼関係を醸成していく粘り強さも必要です。」(伊勢谷)地元の応援の声もあり、再活性化プロジェクトへの機運が高まっていく。

「国際金融都市構想・東京」構想の一翼を担う

この事業は、東京都が推進する「国際金融都市・東京」構想の一翼を担う機能を導入し、金融関連の情報発信や人材 育成、投資家と企業の対話・交流促進を図ることで、2018年に「東京圏国家戦略特区」における新規の都市再生プロジェクトとして内閣総理大臣認定を受けた。「兜町が持つ『金融の街』という文脈で上位計画の構成員となりました。これと地域課題の解決を結び付けたところに今回の都市計画提案があります。」と話すのは澤永尚統だ。澤永は主にオフィステナントの工事調整や管理立ち上げを担当。3人の中では一番長くこのプロジェクトに関わっており、思い入れも強い。

「地域としては地歴を生かして盛り上げたい、中央区としても兜町の金融ブランドを残したい、という共通項がありました。昭和の金融街と同じものではありませんが、資産運用や金融系ベンチャー企業という新しい金融プレーヤーをこの街のターゲットに設定し、かつ再開発をするからには長年の課題であった地域の防災性向上もメニューに加えました。」(澤永)課題解決のための都市計画提案は東京都で初であった。

信頼関係構築の方法

営業畑を一貫して歩いてきた疋田をリーダーとして、大阪、名古屋の建て替え事業等も手掛けてきた伊勢谷、分譲マンションから大規模改修工事まで幅広く経験してきた澤永がタッグを組んだ。少人数の会社であるため、もちろんお互いを認識してはいるが、プロジェクト成功に向けて更なる信頼関係を築くため、疋田の大胆で細やかな気遣いが光る。

「KABUTO ONEの事業推進のためのチームを立ち上げた2016年4月から半年間は毎日一緒に昼食をとっていました。一緒にいる時間を長くすることでパーソナリティも理解できてきます。どうすればゴールに最短で行けるかも見えてきます。」プロジェクト管理は人を知ることだという疋田に伊勢谷も澤永も大きく同意する。

「様々な意見がある再開発の中で色々なオプションを提示できるのはとても大事なことです。当社ではAだと思っていてもやはりBが、Cが良いと言われることは多々あります。
相手の考えを想定しつつ、かつ当社に有利になるようなプランA’のような提案ができるかどうか。何が問題かを的確に掴んで解決するためのプラン立案ができるかどうかです。コミュニケーション能力は前提として、物事を多角的に客観視して話をまとめていく主体性と現場力が必要だと思います。」本当に良いチームになったと豪快に笑う疋田の推進力でプロジェクトが進行していく。

事業性の維持と課題解決の最適化を図る

KABUTO ONEはいわゆるオフィスビルだが、計画の裏側を知れば知るほど面白い。商品企画はデベロッパーの醍醐味の一つだ。「現在HOPPERS(ホッパーズ)というモダンスリランカレストランが入っている区画は元々倉庫の予定でした。動線計画を検討する中で生まれた小さなスペースで誰か出店してくれないかな…と。」(伊勢谷)行列ができる人気店の仕掛けはここから始まった。また、地震に強い構造を確保しながら商品性を維持するために選択したのが中間層免震構造だ。「基礎免震は城と一緒で濠が必要なんです。大きく揺れる分セットバックしないといけない。そうなるとフロアプレートが小さくなり商品性が下がってしまいます。」(疋田)

また、地域課題の解決も忘れてはいけない。

地下接続をしてバリアフリー動線を確保し、当初地下に設置予定だった建物への電気の引き込み盤は、水害が多くなっていることを考慮して3階に設計変更された。地域の防災性を大きく前進させたこのビルは帰宅困難者受入施設に指定されている。「我々もそうでしたが以前は昼食難民が多かったんです。1階の飲食店舗KABEAT(カビート)は細かく区切ることも検討していましたが、街のニーズとして大人数が受け入れ可能な店舗というのがありました。座席数は最大220席。個人的な食べログ調べですが、周辺にこんなに大規模な飲食店は見当たりません。」(澤永)座れる場所が無いという地域の声からビルや店舗の周辺に設置されたベンチに座る人々は街の風景の一つになった。

継承された記憶の端々

KABUTO ONEには金融にまつわるモチーフやレガシーが散りばめられている。アトリウムのひときわ目を引く巨大LEDキューブ、The HEART(ザハート)もその一つだ。「経済の動きを心臓の鼓動・血液循環をモチーフにしたアートで表現することで、誰でも直感的に今起きていることを体感することができます。「国際金融都市・東京」構想の一翼を担う兜町のプレゼンスを発信するための仕掛けです。」と澤永が語れば、「赤石にも是非触ってください。」と伊勢谷。近代日本経済の父といわれる渋沢栄一翁が縁起石として生涯大切にしていたと言われる。

その他ガラスにペイントされている門型のアイコンは、KABUTO ONEの外観をモチーフにしたものだ。「兜町は大手町へと続く金融軸の始まり、まさに金融の入口です。」(疋田)

さらに、1階のフードダイニング「KABEAT(カビート)」の行燈やコの字のカウンターテーブルはかつての東京証券取引所の立会場と当時の活気が思い起こされる。クロガネモチなどビルの周りの植栽も全て金融にちなんだものだ。

平和不動産の街づくり

KABUTO ONEは日本橋兜町のランドマークになった。兜町・茅場町を共に盛り上げるべく当社が戦略的に誘致した店舗も現在は20店舗となり、以前の賑わいを取り戻すというよりはむしろ、この地で働く人、住む人、来街する人等、多様な人々が集まる彩りのある、魅力的で人々を惹きつける街に変わってきた。2025年には東京初のハイアットの最新ライフスタイルホテルブランド「キャプション by Hyatt兜町 東京」が開業予定だ。

「行政への交渉は設計会社や施工会社が行うのが通例ですが、事業者かつ、地域の一員として協議を直接行うことで説得力を向上させることを意識しています。地域の課題を再開発を通じて課題解決に繋げるというのは当社の街づくりの真髄です。」と澤永が話せば、「町会の方などの地域関係者に応援して頂けるような巻き込み力は重要ですね。自分が企画したビルに実際に人が集まっていると実感できる、街づくりの成果を体感できることが当社の街づくりの醍醐味です。」と伊勢谷が重ねる。「当社の街づくりはよりミクロになっていくでしょう。形になったことが次に繋がる、次も平和に任せてみようと思ってもらえるきっかけになりました。」と疋田も振り返る。

「当社はチャレンジしたいと思ったら何でもできる環境があります。プロジェクトによっては横断的に、オフィシャルに連携できなくても困りごとを相談したり進め方を気軽に相談したりが自然発生的にできる。少人数だからこその結果かもしれませんが、それが当社の魅力であり最大の強みです。兜町の再活性化も全国での街づくりもこれからですから、主体的に平和不動産の街づくりに関わりたいという方と是非タッグを組んでチャレンジしたいですね。」と疋田が力強く結んだ。